NAGIの不思議日記
日々の出来事や出会いは「?」の連続。 書きとめることで、感じた「?」を深めたい。
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2003
09,23
10:28
べてるの集いを終えて
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べてるの集いが終わって1週間.
何回か感想をまとめようとしたが,まとまらない.
集いは大盛況で,メンバーさんたちのお話もよかったようだ.
「ようだ」というのは,受付などのスタッフ業務で,会場に入って話を聞くということがほとんどなかったからである.
でも,感想がまとまらないのは,そのせいではないだろう.
私はべてるのことを,本当の本当にわかっているわけではないから,書けないのだ.
メンバーさんたちの哲学的とも言えることばにハッとしたり,「問題だらけがいい」とか「弱さを絆に」というキャッチフレーズも頭で理解するのみで,その深い意味を体験していない.
べてるにはもっと奥深いものがある.きっと私が本当に「自分を生きる」状態になったとき,すっきり語れるのだろうと思う.それまでは,なんかもやもやした感想のままでいいかなと思っている.
ただ,忙しく走り回っていたにしても前回(4年前のべてるの祭り)とは気分が違っていた.べてるのメンバーさんたちに対しても自然だったし,仕事も大変とは感じなかった.前回も今回も,外から見る,段取り屋としての私の動きは一緒なんだけど,内面的にははるかにリラックスして自由だったと思う.
どうしてなんだろう.
4年前には違和感のあった「場」も,今回肌になじんでいたし,なぜだかわからないけど,ほんまに楽しかった.
理屈ぬきでからだが楽しんでいた.
こういう自分を発見するとき,私はとてもうれしくなる.
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2003
09,12
10:28
ガオが亡くなって1年
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中秋の満月の日,ちょうど我が家の飼い犬,ガオの命日だった.
前日,息子が「ガオの一周忌なので,花を買ってきたい」と言った.
息子も覚えていたのだ.
写真の前に,庭の花を飾った.去年はこの花でガオのなきがらを覆ったのだ・・・.
2002年.暑い暑い夏だった.
8月の最後の日,無理を重ねていた腰がついに悲鳴をあげ,ぎっくり腰となり,私は動けなくなった.その中で,半身不随犬のガオの不調を見過ごし,獣医の見立てのままに見当違いの治療をして,死なせてしまった.
日ごとに罪悪感が強まり,腰は悪化し,痛みがなくなるまでに3ヶ月かかった.その間,この不思議日記にガオのことを書き続けたっけ・・・.
1年前のぎっくり腰から始まって,ガオの死があり,思いがけない夫の入院もあった.考えてみれば,人生における警鐘ともいうべき出来事が続いたのだ.
そこから実感したこと――今を大切に生きること.今日の私を,本気で,生きること.惜しみなく愛すること.
しかし,そのメッセージを,私は今,大事にしているのだろうか.
この1年,自分を大切に生きたのか?
明日ではなく,今のために生きたのか?
思いっきり人を愛して生きたのか?
明日死んでも悔いがないと言い切れる生き方をしてきたのか?
Yesと答えられない私がいる.
日々の仕事に追われ,子どもの本当の姿を見ようとせず,自分よりも他人の思惑を大切にして生きてきたのかもしれない・・・.
夏に入って暑くなるにつれ,ガオが倒れた日のことを思い出してつらくなっていた.
この1ヶ月つとめて忘れようとしていた.
でも,息子と共にガオの遺影に花を供え,手を合わせ,忘れてはいけない思いがあることに気づいた.
私は,ガオがいた10年間――私たち家族の再構築の月日を忘れない.
私は,ガオの死によって味わった「今,愛する」ことの大切さを忘れない.
命日の日の朝,いつもぎりぎりに飛び出す息子が,しばらくの間,庭にいた.
登校した後に,ガオの墓を見ると,水で清めてあった.
家族のそれぞれの心の中にいろんな形でガオがいるのだと思っている.
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2003
09,08
10:29
「べてる」に向けて
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9月14日の「べてるの集い」と「向谷地生良・平井雷太対談」の準備スタッフをしている.といってもこの夏仕事に追われてろくにミーティングに出ていない状態.ちらしのデザイン・印刷,および,できる範囲でのちらし配りはしているのだが,不満足な動きに自分として後ろめたさが募る.
「べてる」というのは,北海道浦河にある精神障害者の共同施設である.どう説明して良いのかわからないが,そこでは障害を持った人たちが,病気を治すことを目的とせず,弱さを絆に,問題だらけのままで,ぐちゃぐちゃな状態で,でも,生き生きと生きている.
岡山で一番のべてるファンである長谷さん(べてるの集い実行委員会委員長)は,べてるのことを「どんな種でも育つ豊かな黒土」にたとえている.そして,「結果を求めるあまり,仕事に振り回されたり,窮屈な関係に縛られたりして生きていく生き方と対極にある『べてる流生き方』に惹かれて」何年も追っかけをしているのだ.
私は長谷さんのようにべてるのよさが実感できているわけではない.だって,べてるのスタッフをしながらも,きちんと役目が果たせないことに,後ろめたさを感じてフラストレーションを起こしているような人間なのだから.
4年前「べてるの祭り」でスタッフをしたときは,準備にも当日も力を出しまくっていた.「私らしい」動きだったけど,実は「べてる」を味わわないままに終わった.今回,ああいった動きができない状況になっているのは,どっぷり「べてる」に浸かって,その中で自分がどう感じるかを試すチャンスを作ってくれているのかもしれない.
「なんでもありだよ」「問題だらけが順調なんだよ」っていう心境とは程遠い私.そして現実生活の中では「弱さ」というものに疑問すら覚えている私が,べてる流生き方を本当に楽しめるのか,それとも,背を向けるのか――どちらにしても自己矛盾と向き合わざるを得ないような気がする.
14日「べてる」と出会って私の「病気」がはっきりするのを楽しみにしている.
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2003
08,23
10:29
「できない」経験してます!
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ずいぶん「不思議日記」を休んでしまった.
「夏休みしてたんでしょ~」
いいえ,とんでもない! ダンプカーのごとく働いていました.忙しすぎて,ホームページに入る暇もなかった・・・.睡眠時間も充分確保できない毎日だった.
原因は仕事が殺到したこと,そして,今の事態を予期していないときに引き受けた個人的な仕事(さんかくウィーク2003,社全教,べてるなどの公的・私的イベント)が重なったこと.
東京出張が多かったことも響いているな.
とりあえず本職優先なので,準備ミーティングにも満足に参加せず,かといって今更断ることもできず,なんとか,最低ラインの責任だけは果たそうと,夜一人で片付けられる仕事などを担当させてもらった.
もちろんどのイベントでもこういう私を責めるスタッフはいない.でも,満足にできない状態はけっこう自分自身がこたえる.「何でもきちんとやりきりたい」性分なのだ.
こんな私を笑うかのように,できない,自分の非力に甘んじなければならない,ということが続いている.
その中のひとつを書きます.
実は,来週の月曜日,手づくりミュージカル「ドラネコ座」に出演しま~す!
「なんで,また~?」と言われるので,友達には誰にも言ってないけど.
(ここでバラしてるから,意味ないかぁ)
簡単に言うと,代役出演です.頼まれたときには,今忙しいけどその人の方がもっと大変らしいので,まあ仕方ないかって感じで引き受けてしまった.
これがアホのもと!!!
実際やってみると,むずかしいのなんのって.
だったら練習すればいいんだろうけど,その時間がない.安易に引き受けてかえって申し訳ないことになった・・・と,毎度のおっちょこちょいを悔いるけれど,時すでに遅し.
そこで,この数週間,成績があがらない息子がからまわりしていく心境をちょっぴり味わった.
つまり・・・,
気持ちはあせるのだけどうまくいかない,自分はだめだという気持ちに襲われ,落ち込んで,それがよけいに足を引っ張る,悪循環.
自分からやりたい!と思ったものなら,きっとエネルギーがわくだろうけど,そこんところがどうも不足してることも影響している.
こういうときは不真面目な方が楽だ.周囲の期待に応えなければと思う,まじめ人間ほどつらくなる.
息子が「できない,やらない」とき,私は見ていて情けなくて「やるっきゃないでしょ.そこでくじけちゃ情けないじゃん」「やればできるのにやらないのは,怠慢でしかないよ」と迫るか,逆にやさしく「あなたならできると思うわ」と励ますかしていた.
今,実感! 身動きできないときは何を言われても落ち込むばかりで,どんどん動けなくなるってことを.
心の病気になる人は,周囲の期待にそうように一生懸命やって,でもそれがうまくいかなくて,どんどん自分を追い込んでいって,にっちもさっちもいかなくなって病気になるんだそうだ.なんとなくわかるなあ.
息子がいい加減なのもそうならないようにバランスとってるのかなって思った.
「できない」経験してます!
この気分を久しぶりに味わったことは,貴重だった.
息子のつらさがちょっとはわかったかな.
でぇー,「できない」行き先はどうなるかっていうと・・・
「落ち込んで心を閉じ込める」
「居直って,どうせできんのんじゃ,とできないまま突っ切る」
「奮闘努力克服して,やっぱりやったらできるのよという結末」
・・・さあて,月曜日の私はどの道を行くでしょうか?
(冗談言ってる場合じゃないよ.トホホだよ)
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2003
08,06
10:30
友がみな,我よりえらく見ゆる日よ 2
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夫と息子の喧嘩の後,夫は赴任先に戻り,私はしばらく息子の様子を見ていた.
数日たってそろそろ息子も反省しているだろうと予測して,今回のことについて話しをしてみた.私は,反省と謝罪の言葉を期待していた.
ところが親の甘さをあざ笑うかのように,息子は逆に反発と怒りをぶつけてきた.私からしてみると,夫にも大人気ないところがあったが,悪いのは息子の方で,当然謝るのが「マトモ」な反応と思っていただけに,ショックだった.
これほどまでにことばが通じてない,これほどまでに思いが離れているのかと.
先月せっかく息子との長いバトルに一区切りつけたばかりなのに,また私の心はかき乱されていった.「なぜ伝わらないのか」「なぜ息子にはわからないのか」という堂堂巡りが始まった.
やりどころのない気持ちを抱えて数日が過ぎたとき,えと・おーるの活動仲間でもあるSさんと会った.彼女も高2の息子を持っていて,修羅場の経験では先輩格だ.Sさんは,生の感情丸出しの,私の話しを聞いてくれ,やり場のない怒りを受け止めてくれた.そして,私の気持ちに同調してくれながらも,自分の考えをさりげなく示してくれた.それは,私の未熟さに対するやさしい指摘でもあった.
その日の夜出かけていった会に,えと・おーるつうしんを購読してくれているYさんが来ていた.この日まで私はYさんのことはあまり良く知らなかった.むしろ,豪快,元気,ご機嫌なYさんがなぜ通信を読んでくれたり,鳥山さんの講演会を聞きにきたりしたのか,不思議に思っていた.
会の終わりころ,世間話程度に息子のことが出た.
Yさんはすべてお見通しといった感じで,鋭く私のことばを突いてきた.おそらく通信に書いた私の文章から,私という人間の未熟さを見ていたのだろう.
Yさんの外面からは想像もつかなかった鋭く的確なことば.
「正しい」親が発する毒.
「愛する」ことが「抱え込み」になる危険.
「悩んでいる」親が陥るナルシズム.
指摘の通りだと思った.私の,わかったようなことばは,頭レベルのもので,本当にからだの奥から発せられたものではない・・・.
実は,Yさんもお子さんが小さいとき修羅を経験し,自分のおかしさに気づいたときがあったのだそうだ.彼女に「本物」を見た気がした.
翌日近所のスーパーで,子供会の役員だったKさんとばったり会った.Kさんの息子さんは2学年上だが,子ども会をこどものための会にしようと立ち上がった改革組のメンバーとして行動をともにしたことがある.
「元気~?」と挨拶を交わして立ち去ろうとしたのだが,なぜか立ち話になった.そして,ここでも話は子どものことへと移っていった.Kさんとは子ども会だけの付き合いだったので,そんなに親しいというわけではない.でも,お互いに,本能的に「本音でOK」の相手だと察していたのかもしれない.
尋ねたわけでもないのに,Kさんは自分と息子さんの確執を語り始めた.いつしか私は,自分たち親子の関係と重ね合わせて聞いていた.Kさんはつらい体験を語りながらも「大丈夫,わかっているのよ.待てばいいの.信じていればいいのよ」とむすんだ.彼女の一途なことばは,私に励ましと勇気を与えてくれた.
私のつらさを共有してくれたSさん.鋭く本質を突いてくれたYさん.そして,希望を与えてくれたKさん.
絶妙のコンビネーションで3人との出会いがあった.むろん長い葛藤の果てに,私の中に「腑に落ちる」準備ができていたから,そのことばを受け入れることができたのだろうけれども.
私は,天の配慮に感謝した.
今,不思議に何でもオッケーよ,の気分だ.晴れ晴れとした気分で,息子を全面的に愛し信頼するあの感覚が蘇ってきた.
未熟な私のこと,また揺らぎ,落ち込むこともあるだろう.怒りが爆発することもあるかもしれない.でも,今のこの「感覚」は私の定点になるだろうと確信している.
それにしても,学び深く,美しくたくましい母親のなんと多いことか.
そして,そういう母親とつながり助けられている幸せが,ある.
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