NAGIの不思議日記
日々の出来事や出会いは「?」の連続。 書きとめることで、感じた「?」を深めたい。
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2002
04,04
09:56
子を持って知る「子のありがたみ」
CATEGORY[未選択]
子どもの頃、私が反抗すると決まって父母が言っていたことば。
「そんなこと言っているけれど、お前も人の子の親になってみたらわかる。子を持って知る親のありがたみ、親孝行したいときには親はなし、とはよく言ったもんだ」
実際に自分が子どもを持ってみて、子育ては人生の楽しみだと感じた。もちろん、子どもが小さいときは手もかかるし、育児に慣れなくて、かわいいと感じることばかりではなかったが、恩着せがましくいうようなことではないというのが、実感だった。
おそらく、私の母親にとって「子育て」は恩に着せなければならないほど大変なものだったのだろう。今では、それが母の育ちや夫婦関係に原因があったとわかる。しかし、幼いわたしにとって、つらいと感じながら育てられたことが伝わらないはずがない。なぜ、満ち足りていたはずの毎日が、子供心にもあんなにもさびしかったのか、そのことを思い出すたび、私は子育てを楽しもうと思っていた。
しかし、子どもが思春期を迎える頃、私にも子育ての荒波がやってきた。子どもたちが次々に突きつけてくる問題。苦しく、悲しかった。始めは「なぜ?」と子どもに向かって問うばかりだった。こんなに一生懸命、家事と育児と仕事を、一人何役もこなしてがんばってきたのに、と情けなく、怒りさえ覚えた。
・・・これでは、母と同じだ。
子どもの心を少しでも理解しようと、必死になった。反抗する子どもは確かにやっかいだったが、それ以上にいとおしかった。いろんな場に顔を出すようになった。
そのうちおかしいのは私自身であることに気づいた。そうすると、ある意味、楽になった。人を変えようと思うと、思うようにならなくて苦しい。でも、自分を変えるのはそれよりはかんたんだ。無我夢中で、自分を問いなおしてきた。
10年たって、「子どものために」がいつのまにか「自分自身のために」になってきている。まだまだ不完全さばかりが目立つ自分ではあるが、歩んできた道を振り返るとき、まんざら自分のことをきらいじゃない。愚かだけど一生懸命だよな、と思う。
子どもがいてくれて、子どもが反抗してくれたからこそ、私の人生にほんとうの学びが生まれた。
よくわかった。子を持って知る「子のありがたみ」だと。
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