NAGIの不思議日記
日々の出来事や出会いは「?」の連続。 書きとめることで、感じた「?」を深めたい。
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2006
11,05
18:07
竹内レッスン2006①
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2日間の竹内レッスンが終わった。
今日は朝から掃除機をかけている。その単調な動きの合間になんともいえない気持ちよさがわいてきた。
5年前、岡山ではじめて竹内さんに講演をしていただいた。
そのときの竹内さんのお話は「目からうろこ」、ことばのすべてが私の中に「入って」きた。
以来、最初は年1回、次から年2回のレッスンでは、「からだ」よりも「竹内さんのお話を聞く」ことのほうに意識がいっていた。
わたしは竹内さんの言葉とそれに対する自分の気持ちを通信につづることに専心していた。ボディワークは二の次だった。
それがこのところ、やっと「からだ」で味わう方向にシフトしたみたいだ。
からだゆらしが気持ちいい。他人に身を預けても平気。
うたをうたうのが気持ちいい。今まで歌っていたのとは全く違う声が出る快感。
最近自分が強くなったと、思う。
「もう十分強いじゃん」と言われそうだが、今までの強さは「うじゃうじゃぐじゃぐじゃ」のあと出てくる「曲がった」強さだったと思う。
たとえば、以前は誘って断られることが、私の中で人格否定へとつながっていくことが多かった。
年齢もあるのかもしれないけど、傷つくのを恐れて人に頼んだり、誘ったりしなかった私が、ストレートに思いを出していることがある。
ちょっと「自然体」に近づいたかな・・・なんて・・・掃除機が軽い。
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2006
11,01
20:01
歯が割れた!
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私は栗が大好きだ。
この秋もよく食べた。
ナイフで切るのももどかしく、ゆであがった栗をそのまま奥歯で噛んで割って、中身をスプーンでかき出して食べる。
そして、みるみるテーブルの上には、茶色の残骸が。
そんな「いやしい」私に天罰か、歯が割れた。
うーん。栗のせいではなく、ただの老化かもしれない・・・けど。
縦に割れているので根っこはかろうじてくっついているが、食べ物を噛むとふわふわするし、第一痛い。
早く歯医者に行かなければ、と思う。
思うけど、忙しくて時間がない。
このところ半端じゃなく忙しい。
いつになったら一段落して歯医者にいけるのか。
そのうち根っこもはがれて落ちるかもしれない。
歯医者が早いかはがれるが早いか――なんか、貧しい人生送ってるね。
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2006
10,29
21:44
高校未修科目ニュース
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先週から高校での一部科目の未修問題がメディアの話題になっている。
高校側が、受験勉強の負担軽減をはかって、関係のない科目を受験科目に読み替えて学習させていたという問題だ。
それが、今のこの時期になって発覚して受験生には動揺がひろがっている。
未修問題で最初に発覚したのが、世界史。
私が受験生の頃(もう30年以上前だが)文系の場合社会系科目は2科目が受験科目だった。私は日本史と世界史を選んだ。ニュースを聞いて知ったのだが、最近受験科目として世界史を選ぶ生徒は少ないんだそうだ。覚えることが多いからとか。
でも、世界史は必修なので、受験科目として選択しない場合も履修義務はある。そういう科目は受験に負担がないよう1年生で履修するという高校が多いと思っていた。それが全く「履修しない」とは・・・。
このニュースで「なるほど!」とわかったことがある。
「帝王切開」は英語で「シザリアン・セクション」という。
なぜかというと、これは、かの有名な歴史上の人物「シーザー(カエサル)」がこの方法で生まれたと記録に残っているから(伝説だけど)。シーザーはローマ皇帝だったから「シーザー=帝王」と言うことで、この名がついたと言われている。
「帝王切開」の英語名を覚えてもらうために、シーザーの逸話を出す。これまで、この話は「なーるほど」と学生にそれなりの印象を与えていたようだった。
ところがこの数年、学生の反応が鈍い。どうしてかと思って尋ねると「シーザーって誰ですか」と聞かれた。
もうびっくり!
シーザーを知らない学生がいるなんて今まで考えてもみなかった。
いや、確かに何年か前まではほとんど全員が「シーザー」を知っていたと思う。
試しに「シーザーを知らない人、手をあげて」と言うと、なんと50人中10数人が手を上げたのだ。
これじゃあ反応も鈍いはず。
そのとき、世界史で習ったはずだと、疑問に思っていたんだけど、今回のこのニュースで、合点がいった。
はあっ。別にシーザーを知らなくても生きていけるとは思うけど・・・ね。
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2006
10,19
21:14
のだめカンタービレ
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以前私の職場に勤めていた人から久しぶりにはがきが届いた。
「ヒマしてまーす。最近はまっているのが、『のだめカンタービレ』。今度TV化されるので、見てくださいねっ」
大ヒットの連載漫画なんだそうだ・・・というわけで、先日第1話目を見た。
何を描こうとしているのかまだ1話目だし見えない。また原作とTVとの違いもあるだろう。でも、ひやーーーと思ったことがある。
これって「普通」と言われる線から落っこちている人ばっか出てくる話じゃん! 高所恐怖症の主人公男性と、識字障害気味で何とかって言う、片づけができない障害を持っている主人公女性。それに、閉所恐怖症の人も出ているし。
意図したのかどうかわからないが、ラブコミックらしいけど、なんか奥がありそう。・・・って深読みするほどのことはないのかも。
でも不安症候群とか、コミュニケーション不全症候群の人とか、高機能自閉症の人とか、最近多いんだよ。そういう人を「変」とかいって避けるばっかりではないこと、そんなお話増えるのいいな。
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2006
10,17
22:40
たまたま見たテレビ番組から
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テレビでたまたま見たシーン。
草薙剛扮する自閉症の青年が動物園でお試し雇用中。
対処能力のなさから失敗ばかり。
その上コミュニケーション能力不足からまわりに誤解されそうにもなる。
それをかばうのが彼の幼馴染の獣医。
彼女は、まわりに彼のことを理解してもらおうと心を尽くす。
彼も「○ちゃんは絶対に僕を怒らない」と信頼している。
しかし、また彼は大きな失敗をして、周りに迷惑をかけてしまう。
彼女はその後始末に追われて疲労困憊、そのうえ不倫相手にもすっぽかされ精神的にもどん底。そのとき彼が「なんで帰らないの?」みたいな、悪気はないんだけど、一般的には「気遣いがない」と思われることばを発する。
彼女の、昼間に怪我した指が大きくアップされる。その指のズキズキした痛みが倍増して心にも達した、と思えた瞬間、彼女の何かが切れる。
「△ちゃんのせいでこうなったんじゃない。△ちゃんが悪いから」と言ってしまう。
その瞬間、青年は呆然と立ちすくむ。
私は、彼女のそのあとの心理を思って、スイッチを切った。
私はある意味、親切で、真面目な人だ。だから、周りの人に誠実に思いやり深く接するよう一生懸命になる。これは努力してそうするのではなく、自然にそうしてしまうのだ。相手から見返りを要求する気もなく、そのときは本当に一生懸命気遣うのだ。
でも、それは自分にゆとりがあるときのことで、時には私も疲れてたり、追い詰められていたりする。そんなときに全身で頼られたりすると、背負う荷物が大きくなりすぎ、ぱっと荷物を放り出してしまう。
そうして相手を深く傷つけてしまうのだ。そうやって結果的に「頼る」ように仕向けてきたのは、私なのに、苦しくなったからといって背を向けるのは「裏切り」だ。わかっている・・・。
こんなとき思い出すのはK婆のこと。
K婆は幼い頃の私をかわいがってくれて、いつも味方になってくれた人。
そんなK婆にとって大人になった私が「希望の灯」だったことがあった。そしてその希望を抱かせた張本人の私が、紆余曲折の後苦しさの余りそれを打ち砕いたのだ。20年近く前のこと。
K婆はそのあともずっと私にやさしかった。K婆が亡くなってもう5年以上になるが今でも心が痛む。悔やんでも悔やみきれない一瞬。あの時は私も苦しかったんだから、と何度自分に言い聞かせても、消せない悔恨。
結局自分のしたことは自分で落とし前をつけていくしかないんだ。
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